リスロン
公園のベンチでリスロンSを4ダース齧ったあの日、僕は救急車で運ばれていたらしい。回転寿司屋でウニの軍艦巻を頼み、カウンターのテーブルに缶ビールを注ぎ、椅子から傾れ落ちて瞳孔を開きっぱなしにしたらしいが、ウニ軍艦までしか覚えていない。目を覚ますと薄い黄緑の点滴の瓶と医師と看護婦が見えた。右腕に太めの針が刺さっている。抜いた。怒られた。抜いた。また怒られた。君ね、何度もこの注射針を抜いていたんだよ…返事ができないまま…また…。……目を覚ました。先生は何処だ。先生は。先生はここにいますよ。…あら。…なぁ、あなたここにいてくれないか。酔っ払いは嫌い。…看護婦さんに振られる…。…目が覚めた。スリッパを滑らせながらトイレに駆けこむ。おしめをしていた。仮性包茎のちんちんを恥ずかしがったがすぐどうでもよくなった。仮性ちんだ。ぐしょ濡れのジーパンを下ろし湿しを外して病室に戻る。だいぶ錯乱しなくなった。机にあった医学書を読み始めて、怒られる。本を読むぐらいいいでしょう。駄目だ。安静にしていなければ。ベットで寝たふりをする。医師がドアの磨りガラス越しに見えなくなった途端また机の医学書に手を…、ガチャン。駄目だといっただろう。かなりきつく怒られてまたベットへ…。……眠っていた。あのブロムワレリル尿素、よくぞオシッコにして排泄してくれた。でかした。我が体。といったところだ。
翌朝。目が覚めて受け付けに行くと医師が仁王立ちしていたが、僕に凄んでいる訳ではなさそうだ。点滴5,6本打ったぞ、5,6本だぞ。とは言われた。すいません。ありがとうございました。軽くおじぎをして外に出る。救急病院から最寄駅のバスターミナルまで20分程揺られた後、通報があった交番を捜し昨晩の僕について訊きに行った。急性アルコール中毒だったらしい。ウイスキーの小瓶で飲み下していたからだろうか。ここだけの話、僕は回転寿司屋に甘栗を持っていって詫びを入れると、喉元を過ぎた熱さ等すぐ忘れて体に験しを入れるためだかなんだか自販機で買ったビールを高々と此見よがしにして飲んでいたのだった。昨晩は皆忙しい中、人の命を救おうと救急車まですっと飛ばしてくれていたのにどうだ、この格好つけの傲慢ちきは。
自殺するにしては覚悟が足りなかったのではないか。あの時、あと3ダース齧っていたなら、寿司屋に足を運んでいなかったなら、深夜ひっそりと野垂れ死にしていても可笑しくなかったろうに。人目を気にして震えながら鬱々と生きていた僕には、ある文献を参考にして買い溜めていた致死量分の薬を一気に飲んで片をつけてしまおうとする決断力さえなかったのだ。
死ぬ勇気があるなら、生きる勇気があってもいいと思い直し始めていた僕に、懐かしい友人が自宅のDeskTopP.C.を自慢してくれたのが、自分には幸い、躁転に働きかけてくれる切っ掛けの電話になったと思っている。後にInterNetもするようになる、今、目の前にあるTowerP.C.もその頃買ったものだ。序々に鬱気も薄れ、テンションの高い愉快で他人には不愉快そうな日々が続いていった。もう屍の腐ったような日々には絶対に戻りたくない。懲り懲りだ。鬱のヤロー。いいか、どんなことがあってもあいつだけは近寄らせるな。はだかの殿様が闊歩しだした。金と仕事の切れ目も重なってまた性懲りもなく鬱転されてしまうまでの6ヵ月間の休日。街から街へギターを背負って叫び廻っていた。
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